出不精です、@SHARP_JP です。たとえばテレビで、知らない街の見どころを案内する番組があると、じっと見入ってしまう。ランキング形式でその街の名所やおいしい店を順に紹介されようものなら、必ず最後まで見る。だれかがどこかに行った様子が綴られる、旅行記の類も好きだ。見ていて楽しいのだ。
どう楽しいか、自分でもうまく説明できない。旅行の行き先候補としてそういう番組を見ているわけではない。私がこの先そこへ行くことはおそらくないし、そこへ行きたいと思って見ているわけでもない。でもなぜか、そこにある店や風景を、そこにあるものとして確認しながら、画面を見つめてしまうのである。
もともと億劫さが先立つ性分だから、私は旅行がとくだん好きでもない。旅行が好きでないから、知らない場所へ行きたいという欲求も希薄だ。地図に行った場所を次々と塗りつぶしていくより、知っている場所を何度も塗り重ねるような生き方が、自分には相性がいいのだろう。海賊に向かないタイプだし、海賊じゃなくてよかったと思う。
その場所に行くつもりもないのにその場所のことを知りたいというのは、いったいどういう心の動きなのだろうか。とにかく私は、知らない場所になにがあるかを、なぜだか知りたい。そこにいる人やそこに行く人がなにを見て、どこで遊び、どの店で食べているのかを知ると、どうやら私は安心するのだ。
その安心が何に近いかというと、よく行く本屋の棚を把握した時の感覚だろうか。あるいは広大な図書館の中で、どの分野の本がどの棚にあるか、マップとして認識していく過程に近いかもしれない。図書館や本屋に通ううちに、あそこになにがあるか、見当がつくようになる状態だ。
私はすべてを知ることはできないけれど、知ろうと思えば、ぼんやりと進むべき方向がわかること。その棚に行けば、私がなにを知らなかったかという地点から知ることができる予感。どこにどんな棚があるかを知ることで、自分の未知がどのへんにあるのかを知覚できるように、私は知らない土地になにがあるかを知ることで、私には知らない場所があるという事実を自分に突きつけたいのだ。たぶん私は、私がなにを知らないかを知っていることに、安心感を見出すのだと思う。
【ルポ漫画】裁判傍聴に行ってきました(あおずみ そら 著)
ところで、知らない場所はなにも行ったことのない国や街を指すばかりではない。自分が住んだり働いたりする場所にも、行ったことのないところや入ったことのない店は無数にある。このマンガで言及される大阪高等裁判所も、大阪に住む私にとって、見かけたり通りがかったりするたびに「知らない場所だな」と認識する建物のひとつだ。
だから私は、このルポ漫画を人一倍興味深く読んだ。ふだんから「知らない場所だ」と思い続けた場所である。その中で行われていることに、じっと見入ってしまった。そして私はこのマンガのおかげで、知らない場所になにがあるかを知り、あらためてあの建物が知らない場所であることを知った。
ただしこの場合は、別の角度からの安心である。裁判所に縁のある人生と、縁のない人生ではどちらが穏やかであるか。弁護士や検事の方以外は自明だろう。願わくばこれからも、裁判所とは縁のない人生を送りたい。あそこは知らない場所のままでいい。