シャープさんの寸評恐れ入りますどんくさい人たちの熟練

ウェブトゥーン(縦スク漫画)のコミチ

なにもかもが緩慢で散漫、@SHARP_JPです。自慢じゃないが、運動神経が悪い。絶望的に悪い。運動神経といっても、スポーツが不得手というレベルではなく、身体の動きや空間を把握する能力のレベルでノロいのだからタチが悪い。たぶん私が家電なら、リモコンのきかないテレビとか、タッチ感度の悪いスマホとか、センサーがいかれたタイプだろう。イライラしてぶん投げられるヤツだ。家電じゃなくてよかった。


だから身のこなしが軽い人にあこがれる。サッカーや野球がうまいとかいう以前に、ただ日常の動作において、身体の動きがスムーズで無駄のない人がうらやましいのだ。A地点からB地点へ移動する点Pでさえ最短距離を等速で動くのに、私ときたらふらふらとC地点やD地点を経由する有様だ。テスト問題にすらならない。


電車の乗り降りでもたつく私は、背中をかきわけ颯爽と降りる人にあこがれる。なにもないのにコンビニのコーヒーが必ずちょっとこぼれる私は、スマホと紙カップを持ってスタスタ歩く人にあこがれる。片手が空いているのにメモすらまともにとれない電話中の私は、通話しながらキーボードで要件をこなす人にあこがれる。日常生活で美しい身のこなしを見せつけられる度に、私はがっくり肩を落とし、力なくうな垂れるわけだが、その仕草すらどこかカクついた動きで、これはほんとうに難儀なことなのだ。


ただひとつだけ、私にもたったひとつだけ、流れるような身のこなしができることがある。リップクリームを塗るという動作だ。ポケットに入ったリップクリームを左手でつかみ、口元へ持っていく間にキャップを手のひらの中で取り、さっと塗ってすばやくポケットに戻す。そのスムーズな動作は、たぶん私の中で唯一、洗練されたと形容できるものだろう。だからなんだと言われても困る。私だって、だからなんだと思っている。


弓木らん_1日1Pマンガ(弓木らん 著)


エッセイマンガを読む楽しみのひとつは、自分と似た人が見つかることだろう。ここにもいた。私と似た人がいた。


作者は私と同じく、どんくさい人だ。まさにコアラみたいに。できる人から見れば信じられないような緩慢さ。特に料理はマルチタスクの正念場みたいなところがあるから、余計に身のこなしの差が浮き彫りになる。


ただし作者は料理の後、意外な機敏さを見せる。排水溝の生ゴミを捨てる時の動作だ。排水カゴを打ちつけ、ゴミを吹き飛ばす仕草は、驚くほど高速だ。おとなしいイメージのコアラの喧嘩が思いのほか激しく、威嚇する声も奇怪であることをつい思い出してしまった。


おそらく私やこの漫画の作者のような、どうにも運動神経の悪い人が「美しい身のこなし」に立ち向かうための手段は、毎日のルーティーンしかないのだろう。毎日欠かさず繰り返す行為こそ、スムーズへの近道なのだ。どんくさいわれわれにとって、熟練の先にしか洗練はない。悲しい現実かもしれないが、やればいつかできるという希望でもある。


思えば、私もリップクリームは欠かせない日課だ。毎日どころか毎時間のルーティーンとも言えるほど、手放せないものである。だからこそ私は熟練の技を獲得したわけだが、はたしてリップクリームを目にもとまらぬ速さで塗ることは洗練なのだろうか。職人の熟練の技は美しい。そこに異論はないはずだ。では私のリップクリームさばきは美しいのだろうか。


けっきょく私は持ち前のどんくささで、熟練する先を間違えているのかもしれない。