シャープさんの寸評恐れ入りますあれはなんだったんだ

ウェブトゥーン(縦スク漫画)のコミチ
実在性サラリーマンです、@SHARP_JP です。きょうはみなさんに、私の身の上に起こった話につきあってもらおうと思う。先に断っておくが、なんのオチもないし、教訓めいた余韻もない。ライフでハックな要素も皆無だ。ひたすら私は、その出来事に遭遇して以来、「あれはいったいなんだったんだ」という脳内の声に苛まれている。だからただ、問わず語りをしたいのだ。読むだけ無駄な話をする前に、みなさんへ謝っておく。申し訳ございません。
きっかけは同僚からのLINEだった。会社の代表電話へ私を名指しに連絡があり、不在であることを告げると、折り返し電話がほしいという内容である。既読をつけた瞬間から、私には嫌な予感しかしなかった。ふだんインターネット、とりわけSNSに生息している私に、そのメディア外のルートでやってくるコンタクトは、かなりの確度でクレームである。ツイッターならツイッターのリプやDMでコンタクトが可能なところを、わざわざ迂回して電話がかかってくる。時間と労力を費やす連絡はたいていの場合、悪い知らせだ。言葉を選ばず言えば、悪意あるお叱りである。
だから私は萎えていた。しかも電話をしてこいと指定されているのである。電話嫌いだからこういう仕事に就いているとも言える私にとって、電話をかけるという行為はとりわけ腰が重いものだ。しかし、同僚のメモを見ると、折り返せという電話番号には会社名とカタカナで名字も併記されており、この手のケースにしては匿名以上の情報量で、ちょっと珍しいなと思っていた。電話番号は050ではじまるもので、少なくとも先方の企業の代表番号ではない。
しばらく逡巡した後、えいやとかけると留守電になった。心の中で「だから電話は」と毒づきながら、私は別件の仕事に入り、数時間後にまたメモを手にとる。スマホを握りしめながら心を整え、さっきの履歴をタップすると、今度はつながった。
経験上、開口一番に罵声が飛んでくることも考慮し、私はつとめて冷静に名乗り、代表電話への折り返しの電話であることを伝えた。そして返ってきた言葉が、予想もしなかったものだった。クレームでも罵声でもなく、ましてや営業の売り込みでもなく、「あなた、うちの社長の息子ですよね?」だったのだ。あなたはうちの社長の息子で、名前は○○○○ですよね、と半ば確認するように問われて、私は絶句してしまった。
お前の名前はこれだろうと提示されたフルネームは、たしかに苗字は合っていたが名前はまったく違った。続いて述べられた、私の父親とされるフルネームも、私の知る父親の名前と異なるものだった。
見知らぬ自分の名と父親の名を何度も頭で反芻するうちに、しばしの無言が流れてしまった。結局私は「違う、と思います」と弱々しく返すことしかできなかった。その刹那、電話口の向こうからは落胆の色が伺え、その後に「そうですか」とひとことあって、会話は終わった。
いったいなんだったんだ。
存在感が薄い(まるいがんも 著)
電話の向こうでは、どうも人探しをしている空気は伝わってきた。そして私が、ようやく目星の人物であろうコンタクトだったような雰囲気もある。半ば確信に近いような確認だった。しかもメモに残されていた会社名は、業界ではだいたいの人が知っている、同業の企業名であった。
たしかに私の名字はなんの変哲もない、というか同じ名の人がいて当たり前の名字である。だから人違いはザラな人生を送ってきた。呼ばれて返事をしたら私ではないことなど日常茶飯事だから、自分で自分の存在が希薄になっていく。このマンガのように「ぼくはほんとに存在してるんだろうか…」という感慨にふけることもしばしばだった。
しかし今回のように、もしかしてほんとうに、ぼくは別の所に存在しているのではないか、という気持ちが掻き立てられる出来事ははじめてだった。私は社長の息子だったのかもしれない。波乱万丈な、あったはずの、私の人生すら思い描けそうな気もしてくる。しかしあいにく、私の名はたぶん、本名である。結局のところ、あれはいったいなんだったんだ。