いたってノーマルなサラリーマン、@SHARP_JP です。昔から、他人の職業の話を聞くのが好きだった。親戚の叔父さんが酔いに任せて語る仕事の話を聞く子どもだったし、大人になったいまも知りあった人の仕事の話を隙あらばじっくり聞きたい。会社員になって私が任された仕事はいつも、会社の中で完結する種類のモノではなく、会社の外にいる人たちと金と力をあわせて作り上げる系のモノだったので、いろいろな職業を知ることができた。新入社員と呼ばれる頃から、次々と得体の知れぬ職業の人の仕事を間近で見れたのは、私にはとても幸いなことだった。
つい最近も、別の場所で連載しているコラムを書く中で、ひょんなことから「足の爪を切る仕事」があることを知った。ペットの爪を切ったり、人間の手の爪を美しく装飾する仕事は知ってはいても、まさか足の爪の悩みを他人に相談するサービスがあるなんて思いもよらず、私はたいそう驚いたのだった。
私が想像もしない仕方で日々の糧を得て、それを生業とする人がいる。私が知らない生業が、社会には無数にある。私が他人の職業の話を聞くのが好きなのは、そこに圧倒的な自分の未知が詰まっているからだろう。
誰かの生業の話を聞く時、私は、私が知らずにのほほんと生きてきた時間と、私の世界の狭さに打ちのめされる。詳細を話してくれればくれるほど、その人の地に足のついた既知に、私はわくわくしてしまう。おそらく人の職業には、社会の無知が凝縮されているのだ。その職業が儲かるか儲からないかといった、いささかゲスな興味は、少なくとも私の場合、びっくりとわくわくの後にくる。だからこれからも、私に会う人はどんどん自分の仕事の話をしてほしい。儲け話ではない、あなたの手触りをともなった生業の話を、いつでも私は聞きたいのだ。
『ホテル清掃員物語』「トイレが詰まった!①」(モウ 著)
SNSでマンガがたくさん読めるようになって、マンガで他人の職業を知れることも増えた。そういうマンガは、いわゆるレポート漫画と呼ばれるジャンルに含まれるのだろうか。自分で自分のことを発信するのがSNSの原理だし、自分の仕事をマンガに描こうとする人が増えるのも自然なことだと思う。おかげで私は、他人の職業を垣間見たい欲が満たされる。
このマンガも、そういう生業ルポ漫画のひとつだろう。ホテルの清掃を経験した作者が、その悲喜こもごもを描いている。思えばホテルの清掃の仕事なんて、知ってそうでなにも知らない職業のひとつではないか。出張でしょっちゅう宿泊する私など、なおさらのことである。自分の部屋の清掃もままならないあなたも、なおさらである。
すぐ「邪魔しないでください」とドアに札をかけ、できるだけ長時間ダラダラしようとする私は、このマンガを読んだいま、たいへん反省をしている。邪魔とはなんだ邪魔とは、邪魔していたのは私の方でないかと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。さすがにトイレをいっぱいにしたことはないけど、いま私はホテルの清掃をする人に、ご苦労さまと言いたい気持ちでいっぱいだ。私は、この世がだれかの仕事でできていることを知っているつもりで、その実いつまでたっても知らないままなのだ。